diary

自分の考えをまとめ記録しているブログなので、批判ブコメの類はご遠慮ください。削除します。

ふーん。。

イオンのある風景、遠ざかる故郷 - シロクマの屑籠

 

私はもともと、統計とかそういうものでものを考えられないらしく、

ファスト風土」みたいなものにもぴんと来ないというか。

街が何故画一的になるかといえば、

ひとえに「東京へのあこがれ」というか、

「自分らだって都会並みの生活を享受できるはず」

という需要があるからじゃないのかな。

いつだって差別され、蚊帳の外にされるのは誰でも耐えられないし。

 

どういう陳腐な国道沿いの景色であっても、

全く同じものは存在しないし、

むしろ自分の地元にはやっぱり独特の思い入れはあったりする。

そこがどんなに、コンビニとドラッグストアとイオンばかりだとしても。

 

で、私がそれほど憂いを感じない理由は、

「地方は一回、まるっと潰れた方がいいのではないか」

と本気で思ったりするから。

どれだけ人口が多くても、仲が悪いとか、

不幸なまま存続して自殺が増えたり荒廃した街になるより、

どんどん過疎化して老人同士が知恵を出しあって暮らし、

そのまま自然と消滅、とかのほうが全然幸福だと思うよ、

つまらない若者にバカにされながら生きるよりかは。

 

そもそも地方が栄えない理由ってさ、

「既得権を持った人間がそれを手放さず、

新規参入ができない」とかそういう感じでしょ。

若者が望む商業施設がなかなか立たないとかもさ。

だから、志を持った人はとてもじゃないけどやっていけない。

何の理由もなく「声が大きいから」「権力があるから」

みたいな人らが幅を利かせ、

新しいことをやろうとしても誰も賛同しないのだから、

アメリカンドリームみたいに東京に行きたがるのも無理はない。

要は、一度そういう凝り固まった人間関係を解体してもいいのではないか、

ってこと。

 

そこを根本的に変えられないなら、

むしろ人口は減って荒廃する方が正解だと思うよ。

だって未来なんかないよ、そんな場所に。

若い時間をそういう場で浪費させられた人間は、

絶対に信頼できない。

だって結局変わんないでしょ。

そういうことに疑問を覚えず、「まぁいっか」でやっていける人間の集まりなのだから、

高尚な疑問を持ったところで孤立するだけ。

「これをこうすれば楽になるじゃん」とわかっていても、

もう頑として変えない。

職場環境なんかもそう。

フリーアドレスとかリモートワークが楽じゃん、ってなっても、

地方でそんなものを取り入れているところはほぼ皆無。

別に客も来ないのに女子社員に制服を着せていたり、

いいかげんバカかと思いますけどね。

 

ユニクロが売れ出したときは本当に驚愕したけど、

いかに東京の人間が東京にしか関心がなくて、

地方のそういうものを知らないかってこと。

ユニクロなんてね、我々の若い頃は、

それこそ「国道沿いにあるしょうもない安物売ってる服屋」

でしかなかったよ。

実際そうでしょ、ヒートテックとかダウンコートとか以外は。

はやったからいいもののようになってるだけで。

(クラークスのデザートブーツと吉田カバンを愛用してた子がかなりバカにしてた。)

 

昨日、全身民族衣装みたいな格好で、

いかにも高そうなブランドバッグ(ギャルソンっぽい)みたいなものを持った女の子を久々に見たんだけど、

要はああいう感じじゃないと「ダサい」「貧乏人」と蔑まれた時代があったわけじゃん。

量販店で買った服なんて絶対着れない、みたいな。

(主にマスコミ界がそんな感じだったのかもしれない)

そういう一時代もあったけど、

もともと今「ひよっこ」でやってるような、

服を買えるだけありがたい、みたいな時代からそうそう長い時間も経過してないわけで、

自分が青春時代にどの時代にいたかが運の尽きであって。

私自身は、ユニクロでもなんも言われない今の方がうらやましいよ。

アニエスやらヨージヤマモトやらツモリチサトやらマーガレットハウエルやら、

そういうもんじゃないと心底小バカにされる時代なんて、

やっぱ大した時代ではないと思うもん。

何がセンスだよ、という。

 

いいかげん、「差異化の競争」も落ち着いたのかもしれないけど、

そういうもんともともと何の関係もない人々もいるわけだし、

カルチャーが下火になるならなるでいろいろ仕方ないという気がする。。。

下北にあるヴィレヴァンとイオンのやつはもう別物だしね。。

んー。

なんだろう、

休みが平日とかだとぼうっとしちゃうのかなあ。

社会から隔絶されたような気分になり、

それで「田舎に移住して野菜でも作る隠居生活」とか思い始める。

 

今の職場はもうあと少しで終了なんだけど、

お金で解決できることは山ほどあるなあ。。。

いなか暮らしもそうだし、

自分のやりたいことは、お金さえあればどうにかなることも多い。

しかし時給安いなあ。。

ふー。

不快な女子たちの態度にもめげずに真面目に出勤したからなのか、

職場環境は急に変革があり、

かなり大きいフロアに移されたため、

ラウドマイノリティ女子とは席も離れ、

彼女自身、同期以外の人らに囲まれてぎゃあぎゃあ騒ぐこともできなくなったらしい。

 

いやー楽になったわ。

 

職場環境ってさ、楽でダラッとできるほうがいいように思えるけど、

そうなると必ずのさばる人間が出てくる。

なので結局、ある程度締め付けられていた方が、

実際には楽な部分も多いんですよ。

私語できるのはいいけど、私語が蔓延すると、

仕事に集中できないくらい騒ぐバカが出現する。

程度の分からないやつね。

なので、自分も多少つらかったとしても、

さじ加減の分からないバカに騒がれるよりも、

極力私語禁止みたいなほうが、自分も楽なんですよ。

 

レベルの高い学校は自由でもそんなに影響ないけど、

そうでない学校は校則を厳しくしないとめちゃくちゃになる、

みたいなもん。

ほっといても真面目な人らはいるし、

注意されないとできない人もいるってこと。

本当は、その2種類の人らを同じ空間に放り込むのはおかしいんですけどね。。

 

え?

「結婚はエラい、子供がいればもっとエライ」と思う人へ...4ページのマンガが話題

 

この記事についてるブコメに大変驚いてるわけですが。。。

 

つがいにして子供作ることはカブトムシでもできる、

とはよく言ったもので。。。

家庭を持つって「持たない人より偉い」行為だからするのかねえ。

へえ。

すごいマウンティングだなあ。

一人で生きていくことですり減らす神経、

強く持たねばならない精神力のほうが、

けっこうヘヴィだと私は思うけど。

生涯独身だった偉人などもいるだろうし。

「他人の子供の世話になって老後を送るつもりか」

との揶揄もけっこうなくならないけど、

子供は、たとえ相手が親であろうが、

上の世代の世話をするために存在するわけではないよ。

 

心の底から結婚を望んでも相手に恵まれないような人がこういうこと言われたら、

自殺しかねない。

だからこそ、さまざまな生き方を認めるというのが、

先鋭的な考えであったはず。

結婚にこだわる風潮が、以前よりむしろ強まってしまってるというのは、

結局退化してるんだよなあ。。。

へー。

mdpr.jp

 

なんかこういうのってあまり語られないけど、

もう少し表に出てもいいと思うんだよね。

出会いからずっと順風満帆なことなんて少ないんじゃないのかな。

西山さんはメンタルが強いだけかもしれないけど。。。

 

彼女はもともと、赤西仁と噂があって、

というか、一方的に思いを寄せているとして、

なんとなく話題になっていて、

んで、それを熱狂的な赤西ファンに聞くと、

「あんな女は一切認めない」と毛嫌いされていた。

前に噂になってたBENIさんはまだいいけど、西山とかありえない、みたいに。

まぁその通りに、結局赤西とはうまくいかなかったようで、

で、似た雰囲気の男性をまた好きになったのかな、

みたいな印象だった。

まぁ一切知らんけどね。

 

それでちゃんとゲットしてるみたいなところは感心するし、

男性って、そこまで嫌いで信用できない相手と、

結婚まで行くこともあるんだ、みたいな希望も感じる。

だいたい、「激しく嫌い」という感情には、

それはそれで何かの意味があるのかもしれないしね。

 

今はみんな、人に嫌われないように汲々としてますが、

どれだけ嫌われないように気を遣ったところで、

完璧にはならないし、

そういうことで人と親しくなることはけっこう難しい。

それもまあ、

全員が全員、嫌われないように怯えてるような時代では、

言っても無駄みたいなところはあるんだろうけど。

 

私の場合、家族が非常に性格の弱い人たちで、

少しでも責めたりぶつかったりということに耐性がなく、

紳士淑女じゃないと好きになれない、みたいなのがけっこううざい。

「感情をぶつけ合ってこその人間関係だろ!」

とかそこまで暑苦しいことは言わないけど、

特に母とか姉は、

少しからかったり、少しけなしたりということすら通用しないので、

本当に付き合いづらいですよ。

あれでどうやって他人と親しくするのか、ちょっと私には理解できない。

 

何にでも土足で踏み込んでくるようなバカは私は嫌いですが、

小理屈があって「少しでも失礼なことは認めない」みたいな、

木で鼻を括ったような女とかもめんどくさいよ。

少しくらいツッコミを入れられる程度の関係じゃないと、

とても本音を言うことはできない。

 

そういうガードが異様に堅い女って割と多いんだけど、

私は根本的に合わないかもしれない。

何かのリスクヘッジには役立つと思うけどね。

 

あくまでこれは、結婚とかにつながる話であって、

「生命の維持」というなら、別にガード堅くてもかまわないと思いますけどね。

おのおのの性格だからね。

でもやっぱ細かい人は私は合わないな、多分。

ケンカがケンカにならない人というかさ、

気に入らないことは突っぱねる、もしくは無視して終わる、

みたいな感じの相手はキツイ。

そういう摩擦からも何か学ぼうよ、と思いますけどね。。。

クソか。。。

さっきブコメつけた記事なんだけど、

もうさ、「学校などの集団生活で最低限の対人スキルを身につけることも大事」

だとか、

「生物は社会の中でしか生きられない」とかさ、

もう聞き飽きたんだっつうんだよ。

その社会がクソな場合は無駄な苦労を強いられるし、

実際にクソ社会は存在する。今の社会のように。

でね、究極に言えば死を選ぶことでその社会から逃げたいと思う人って、

実行に移さないだけで少なくないと思う。

私は、命と引き換えにするほどの価値が、

「社交」だの「人間関係」だのにあるのかと何度でも言いたい。

生物としての本能としては、

なるべく自分がいやすい場に移る、

もしくは世捨て人のようにあまり人と関わらない方法を選ぶだろうし、

それが何故いけない?と心底疑問でならない。

他人と比較ばかりしあって、

その場で声のでかいやつばかりがのさばる集団生活なんてクソだよ。うんこだよ。

大人になってまでそんなものに我慢する必要がどこにあるんだよ。

 

ついこの前、乃木坂46のセンターの子(生駒里奈)もいじめに遭ってたと知ったけど、

彼女がバラエティ番組でしゃべるのを聞いたとき、

「あ、これはいじめられやすいタイプ」と直感したのがビンゴだった。

いじめのターゲットにならないためには、悪目立ちせず、

ある意味虚勢を張って突っ込まれないような防御が必要。

けど彼女はオタクっぽさを隠さず、

自分のこだわりに素直な感じで、私は嫌いじゃないんだけど、

学校にいるヤンキーとかにはイラつかれるだろうな、とすぐに思った。

 

私はいつも思う。

そういうヤンキーどもと同じ空間に放り込まれて、

いじめられて我慢する理由がどこにあるのかと。

しかも、職場となると「生きるためにやむを得ず行かなくてはならない場所」

になる。

そういう場ですら社交を求められ、

仕事のスキルや成果よりも、ムードメーカーみたいなやつばかり評価される。

けどね、事務職なんて入力ミスみたいなものは命取りになるんだよ。

しょうもないパフォーマンスとかトークに長けたバカより、

黙々と仕事できる人のほうが能力が上に決まってんだろ。

経験上、そういうパフォーマンスにいそしむ人間は、

まずそういう細かいチェックとか入力ができない。

しかも、変に口だけが達者な人間って、大抵信頼に足る人間ではないよ。

 

 

いいかげん、もうそういう「コミュ力」とかさ、

優先順位の下の下に貶めていいと思うよ。

今日もさ、隣の席の女がさ、

なんか私とは話さないと決めた感じが伝わってきて、

そういうので仕事に集中できないことがアホらしかった。

女っていちいち雑談してやらないと不安がるじゃん。

というか、私は自分から相当話しかけたんだけど、

なんか向こうは気に入らなかったんだろうね。

そういうとき、相手が男性だったら放置しといても会話なくても何の問題もないのに、

とつくづく思う。

こっちは仕事しに行っているだけで、

作業に飽きて話に付き合ってほしいおばさんの相手しに行ってるわけじゃありませんよ。。。

 

けどそのせいで、話す必要がなくなり、

仕事に集中できて助かったわ。

本当に、ミスがしゃれにならない仕事だから。

黙って作業できないならお前らこそ辞めろ、と思うけど、

ぎゃーぎゃーしゃべってる人間がなぜか評価されるからね。

くだらない。。。

んー。

ちょっと前に、バブルに関する記事があがってたけど、

私がバブル期に嫌悪を感じるのは、

もう限りなくあれが物質至上主義であり、

他人の痛みやマイノリティの苦しみなどをとことん無視した空気が蔓延していたからであり、

だからこそ、その後に訪れた90年代の暗さには意味はあると思うし、

それですら無視した多くの能天気な大人を私は一生許せないと思う。

 

最近はまだ、いじめや過労死への関心もあがってきたけど、

バブルの頃なんて本当に「弱いものは死ね」くらいの社会だったからね。

バブルで景気いいのに辛気臭い話は聞きたくない、くらいのもの。

ああいう、人の繊細な気持ちを踏みにじる時代を好きになれるわけがない。

 

 

自分が若いときの空気思い出しても、ぞっとするもん。

悩んだり落ち込んだりすることはタブーで、

常に元気でいないと許されなかった。

「ネクラ」って言葉もあったし。

そのせいで少し私は病んでしまったので、

地元にいる人らを根本的に信用してない。

常に能天気なんて、いつ真面目な話をするんだと思うし、

実際いなかの人間に真面目な話は通用しない。

そんなのとまともに関わるのはもうまっぴらですね。

能天気な者同士勝手にわあわあ騒いで破滅して行けとしか思わない。

実際何の進歩もしてないからね。。