diary

自分の考えをまとめ記録しているブログなので、批判ブコメの類はご遠慮ください。削除します。

んー。

なんか例の匿名ダイアリー読みつつ、

マル激とか見ていたらさ、

結局、「何故批判を避けるか」というのが、

「得にならないから」ということに尽きる気がしてて。

 

内部告発とかって、結局自分が辞職に追い込まれることが多いし、

むしろ、そんな会社に残ってもまともにやってけないと思うんだよ。

その間、生活どうなるんだっていうのもあるし

(そういう人向けの保険もあるっぽいけど)

「正しいことはこれだ」と言うことに伴うリスクや労力が大きくて、

多くの人がそれを引き取れないということのように思う。

ウィキリークスのアサンジ氏とかも大変そうだし。

 

多分ね、私もそうなんだけど、

年齢的にも立場的にも、リスクを取っても取らなくても、

どうせ何も優遇もされなければ状況も変わらない、

大した希望を持たずに生きてる人間だけが、

そういう批判や考えの表明を堂々とできるんじゃないかな。

要は、いまさら損したもクソもないくらい、

ずーっと悪い立場で、理解もされず捨て置かれ、

何の得も得られなかったような人間だけが、

本質に対して向き合えるってこと。

家庭もあり収入もたくさん欲しいような善良な市民ほど、

批判のたぐいから距離置いた、マイルドヤンキー的な立場を望むということ。

彼らはどうしても保守的にならざるをえない。

不利な立場に追い込まれるのが何より怖いんだよ。

 

これって、東さんが批判してる宇野さんとかさ、

ああいう、「勝ち馬に乗る」「メジャーで売れてるものこそ偉い」

みたいなところから始まってると思うんだけど、

こうやって批判が忌み嫌われ、

「どれだけ正しいこと言ってもお金なきゃ何もできないじゃん、

だから売れてるものこそ正義なんだよ」

といった考えの末路ってなんでしょうね。

まぁポピュリズムの極みってことなんだけど。

 

思うんだけど、快適な社会システムなどを維持するために、

お金お金と言うけれど、

批判すら許さないようになるということは、

もうその社会の地盤がヤバイということだと思うんですよ。

社会そのものが揺らいでいるということ。

んで、崩壊した社会において、やれ「売れるもの作ってお金が」とかさ、

もう成立しないと思うんですけど。

暴動が起きてスーパーから物盗んだりとか、そういう世界になると思うよ、

崩壊社会ってのは。

 

あらゆることがまともに機能しなくなった世界で、

どんなにお金があったって、もうシステムも維持できないんじゃない。

ももう社会から退却して、自給自足して隠居したいし。

本当に深い意味で損得を考えるなら、

やはり正しいことから目を背ける、批判を恐れる態度は、

長い目で見れば社会全体の損にしかならないわけよ。

そういうことがわからないことが「知性がない、幼稚」と言われるわけ。

目先の損得ではなく、深い意味での損得が何か、

そういうのってある程度の知性の積み重ねや、

ある程度の経験などが必要だから、

昨日今日出てきた若者文化でどうこう言われても困るわ、って話で。

ただ、80年代のパンクとかはものすごいレベル高かったけどね。

町田康とか。

かなり哲学的なのよね、言ってることが。

 

んでね、もういちいちそんなことを言い含めるのも面倒だし、

ネットで言い争いとかするのも疲れるので、

そっちはそっちで勝手にやってくれていいです、と思うだけ。

今井さんの発言に呆れるような感情自体がもうないのよ。

「はいはい、あなたはそうでしょう」と思うだけ。

 

てかもう、都議選のニュースとかもほんと興味ない。。。

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