読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

diary

自分の考えをまとめ記録しているブログなので、批判ブコメの類はご遠慮ください。削除します。

ふーん。。

www.huffingtonpost.jp

 

こういった記事のブコメや反応を見るにつけ、

というかスターを多くもらっている「声の大きい」意見、

さも正しいかのように表現される意見を見るにつけ、

昨今のネットでいかに物事の意味が正しく伝わらなくなっているかを痛感する。

 

私もその一人だと自分で思うけれど、

根本的にサラリーマンに向いていない人というのは存在するんだけど、

どういうわけかそういった人の存在をなかったことにしたい、

そういう人の考えはなるべくスルーしたい、認めていいわけがない、

みたいな空気が、日本の集団には間違いなくあると思う。

 

私の感覚では、

「もともと深く疑問を感じずサラリーマンになれるマジョリティ」=強者であり、

それになじめない人は弱者でありマイノリティなのだ。

ジョブズアインシュタインなんかも、どちらかといえばもともとは弱者の側。

ブコメで「クズ」とか平気で言われてるしさ。

 

要するに、そういう弱者は「存在してはならない、集団にとって忌まわしい物」とされ、

いじめに遭い、排除され、ひどいときには命を絶ったりすることも起きるわけで、

そういったことを防ぎたい気持ちが、「多様な考えを認めよう」であるとか、

「決まりきった価値観で人を縛り付けないようにしよう」とか言わせているわけであって、

ただ、そうなってくると「マイノリティだけのための学校じゃねえぞ」

とかいう、とことんひがみっぽい人間が、

弱者が注目されて面白くないのか、何故か吹き上がってくる。

 

サラリーマンになれない=発達障害みたいな風潮を見ても、

集団になじめない=劣っていると見なされている感じはあるのに、

劣っていると見なされる人を救済しようとするとさらにバッシングが起きる。

結局死ねって言いたいんだろうなと。

マジョリティが、自分らの完全なる安寧を得るために、

マイノリティをどこまでも叩こうとする陰険さが見て取れる。

 

私が今の職場に馴染めないのも、集団に馴染めないのも、

サラリーマンに向いていないのも、ひとえに「気の弱さ」ゆえなんですよ。

今だってさ、元を正せばわけのわかんない、私より後に入った女が、

好き勝手に、やりたい放題にやりだしたからこうなったのであって、

集団があると必ず、「声の大きい者」「威圧的な態度の者」がのさばるわけで、

それを防ぐことはほとんど不可能といってもいい。

ネット関連の企業ですらそうなんだよ。

もっと内向人間が多いかと思ってたのに、

気の強い女にあっさり手玉に取られちゃってさ。。。

 

今の日本というか、ネット界では完全にこのあたりが逆転してて、

「どうせ自分はサラリーマンしかできない凡庸で無能な人間」

とか卑屈になってる感じの人が、

「サラリーマンの何が悪い」とすぐに開き直ったようなことを言いたがる。

いいじゃん、すぐに企業の面接に受かって働く場が得られる人たちは。

精神的にどうしても耐えられないとか、どうしても排除されるとか、

自分の意思関係なく、集団に入れない人の居場所も必要なわけで、

もともと居場所を得やすい人がなんでいちいち怒るのか、

私にはよくわからない。

これ以上何が欲しいの?って。

サラリーマンに向いてない、なれない人は、イコール全員素晴らしい才能の持ち主で、

大事を成し遂げる成功者みたいに決め付けてるのかね。

そんなのは一握りなわけで、しかも才能がものを言うような世界であっても、

結局、極めて地味でこつこつした作業がほとんどであるし、

そういった世界にもいくらでも底辺はあるんですよ。

全員が表舞台で活躍してるわけではないからね。

「サラリーマン以外は派手で華やかで浮き沈みが大きい」とかもね、

極めて短絡的な思い込みだよね。

 

普通の世界になじめるもんならなじみたい。

けど、どうあっても上下関係ができ、強者が弱者を駆逐する場では、

私は快適に生きられないんだよ。弱いんだから。

サラリーマンに向いてない=成功者なんてさ。。。

なんなんですかねこの思い込み。。。