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んー。。

前々から、phaさんみたいな人への批判は常につきものであり、

まぁ世間的にはそれは仕方がないとも思うんだけど、

この人の本が一定の数売れていて需要があり、

生活を支えるまでになっていることを思えば、

こうした「今の社会に居場所が見つけにくい人達」が一定数いることは自明なように思う。

 

しかも、プロニートとか言われているけど、

こういう人はもう、ニートと呼んでしまうならその中でもセレブみたいなもんだと思うよ。

「人生詰む」みたいな物言いがほんと多いけど、

なんかネットでものを言う人の「詰む」のレベルって高いよね。

そんなんで詰んだというなら私はもうもともとからして詰んでるわ。

もっともっと気力も薄く、稼ぐ方法もなく、

どうすればいいかわからないまま立ち尽くしてるような人もすごく多い気がする、

完璧ばかり求められる今は特に。

 

どうしても家族や地域になじめないというのは、

どんなに生活が安定すると言われてもそこにいたくないわけだから、

お金があっても精神的なことで行き詰まるってことじゃないかな。

自分の考えとか生き方を一切受け入れない、

理解しない、それどころか自分らになびかせ取り込もうとする、

そういうのがダメな人間はとことんダメなので、

どんなに世間から「年取ったら厳しい」「人生詰む」と言われても、

実家とか地域には戻れない。

(私の場合、家族から宗教やマルチ商法に取り込もうとされるので困る。)

 

当然のことながら、家族や地域や仲間の話で埋め尽くされた、

企業社会にもなかなかなじめないし、

というか、「毎日会社に通う意味を見いだせない」

みたいな人だとどうしようもないよ。

 

そこにいったい、誰がすっきりした答えをもつのか、

多くの人が自分の感情を犠牲にしてまで回している社会とか地域に、

何の意味があるのか、わかる人あんまいないと思う。

そういうふうに考える人間に対して、

上から説教とかしてもほんと徒労だよ。

こいつは何の理由があって上からものを言うんだ?としか思えないし。

しかもそういう説教してくる人間に限って、のうのうと何かに依存してたり、

自分の責任は取ってない場合が多くて、

盛大に自分のことは棚に上げてることが本当に多い。

 

私はもう、結婚とか家族円満に執着せず、

とりあえず居場所さえあればいいと思う。

家族や地域や会社に居場所がない人のための。

以前はネットがそういうものになると思われてて、希望が少しはあったんだけど、

スマホが普及してからはネットはチャラくなったし、リアルと地続きになり、

インスタ民みたいなのは私は合わないし。

 

それでも棲み分けさえすれば居場所がある、っていうのなら、

それでいいんじゃないかな。

あんまり結婚とか子供とかにこだわり過ぎると、

ほんと絶望しかなくなったりするし。

そこそこなんとか生きていけるだけでもいいんじゃないかと。

 

「正しい姿はこれだ」みたいな型にはめようとしても、

もう無駄に感じる。。。

ふー

今みたいに不安なときに、phaさんのブログ読むと落ち着くなあ。

自分は一人でもやっていけるけど、人とのつながりも持ちたいから、

会社を作るのはいいかもしれない、みたいな記事だった。

押し付けがましさが全くなく、ミニマルに「人が生きるにはどうしたらよいか」というのを、

あんなに頭がいいのにとても平易な表現で書いてあることに感心する。

あれだけの学歴があっても、名誉欲とかが本当にない人なんだよね。

 

もうすぐ誕生日だけど、実家に戻るのが辛い。

父親は比較的ボーっとしているけど、

母も姉も、「正しいことはこれだ!!!!!!」

みたいな圧があって、ギャーギャーしゃべってきて、怖くて近寄れない。

本当に、この人らと関わらずに済んだら、人生変わってたと延々と思い続けるほど、

家族のこの「正しさの押し付け」は恐ろしい。

 

特に絶対外せない用事があるわけでもなく、

ちょっとした理由で実家に戻ろうと思っても、

ノリノリで「駅まで車で迎えに行くから時間教えろ」

とか言ってくる姉が怖い。

姉は私を好きなわけではなく、親が嫌いだから、

本当に、信じられないほど依存してくるので、

少しでも話すことが怖い。

そして母は、とにかく子供の進路や将来に関して話題にすることを怖がり、

そのせいで私も姉も独身のままなのに、何の指針も出さず心配した言葉もかけない。

怖い。

目の前に独身の娘が不安で泣いていても気持ちを理解できない親。

まだ父親の方が心配してくれたしね。

自分が親なら、順当に行けば先に死ぬのはわかっているので、

何としても助けようと思うと思うけどね。

要は自立させようと思うはず。

親なのにそういうことなんも考えず、ぼーっと自分のことだけ考えて過ごせていることが怖い。

 

そんなわけで、戻っても無視されるとかじゃなくて、

あの人らのこちらへの関わり方が本当に理解ができない。

ぜんぜん仲良くないのに、

実家に戻ると机の上に誕生日プレゼントが置いてあったり。

私は物はいらないんですよ。仲良くない人から物もらっても。。

それより人の気持ちを理解しようとしろよ。

あんなんなら一生会いたくないよ。

はぁぁ。。

なんつうか、このところ内省させられること多いなあ。

状況が二転三転するし、

一見いいように見えても実際にはロクでもない人だった、

みたいなこともあったりするし。

極めて順調、万事快調に見えて、一瞬でそれがなくなったりね。

昨日もさ、4月スタートの仕事にエントリーして、詳細も聞いて、

まだ時間があるのでいろいろ考えてたら、

今日メール一本で断られてた。何が原因かは全く不明。

昨日はノリノリで紹介してたのになーあの派遣会社。

働いている子が若くてポンコツなので、

なるべくなら電話で話したくない、という感じはあったけど。。。

 

さっきコンビニ行ったら、久々に「春休みのバイト」という感じの、

学生っぽい男の子の二人組がレジにいて、

キャッキャ笑ってるのが遠くから見えて、

「あー、なんかなつかしいわ」という感じで、どことなくほっとした。

 

私の家のすぐ近くのコンビニは、割と外国の人のバイトが多くて、

しかも、けっこう勤務態度が悪いので、なんか実はそれがストレスだったっぽい。

お金や商品を投げるように渡したり、客がレジに並んでるのに、

いきなりレジ閉めてバックヤードに行ったり、

なんかそこ行くのがしんどかった。

今日見た子らは、キャッキャしてるんだけど仕事はできる感じで、

最近関わった会社の、「職場の華が欲しいから」

みたいなことをのうのうと言うおっさんとは対極に思えた。

 

おっさん一般がダメとかは思わないけど、

やっぱ「普通はこうでしょ?」の強固な思い込みが私はダメなんですよ。

「OLって普通こうじゃん」「女の人って普通こんなかっこで職場来るじゃん」

とかの決めつけが、ああいう年代は酷い。

それだけで接するのがしんどいんだよね。。。

 

というよりは、自分が職場選びを根本から間違っているのではないか、

という不安とか迷いが強いんだよね。

一切興味ないしね、そこの仕事。

ただ、中途半端に興味があるみたいな業界に行っても、

特にデザイン関係とかマスコミとかはさ、

働いている人がルーズだったりして気が合わないし、

仕事がそんなに好きになれなかったりで、割と警戒の方が強い。

それでも、「選んでるだけワガママ」と言われりゃそれまでだけど、

自分をどこに配置したら適当なのかがわからないし、

やっぱ不要なところに配置しても不幸なだけだから。

自分や周りが我慢ばかりするのもアホらしいからね。

 

それでもワガママって言われるんでしょ、ハイハイ、

と思いながら、かといって適当な選択もできない、

という感じですかね。。。

んー。

「カルテット」見ているんだけど、

別にキュンキュンも求めてなければ、

逃げ恥の流れでもない。

まぁ、高橋一生さん見たかったというのはありますが。。。

 

この前の放送はけっこう急展開だったけど、

最後に大倉孝二が出てくる。

んでそのことでふっと気づいたんだけど。

 

大倉さんといえばナイロンですが、

私は結局、若いときから芝居とか恋愛ドラマに「キュンキュン」を求めたことがないということ。

それって時代という面もあって、

カルテットの脚本の坂元さんが書いた「東京ラブストーリー」大はやりの時期は、

世の中はとにかく恋愛至上主義に席巻されてた感がある。

トレンディドラマと呼ばれてるものは全部そうだし。

そういう頃にナイロン(当時は健康)の芝居は、恋愛要素はほぼ皆無、

あったとしてもそこでキュンキュンというようなものではなかった。

 

そのことが、どれだけ自分の心を楽にし、

隠れ家的によりどころとなってたかを感じるというか。

恋愛系ドラマに「キュンキュンする」という人達に私は共感できないし、

この前のカルテットでいえば「すずめがけなげすぎる」とか、

そういう感慨は私には全くないんです。

 

何故ならば、そういうことはリアルの恋愛で自分がやればいいだけであり、

もっといえば口にも出さない、おくびにも出さない「好き」なんて、

あまりにも山のようにあり過ぎて、

気持ちを押し殺すなんて日常茶飯事というか、もう当たり前。

家森の「言葉と気持ちは違う」「好きにならないようにしてる」とかは、

私はもう叩き込まれているんで、別に感動もしないしうるっとも来ない。

 

昔からそうなんだけど、「愛していると言ってくれ」とかも、

トヨエツ見たさに見ていたし、

ストーリーへの思い入れってほぼない。

どれほどそれがリアルであっても、恋愛ものにはさめてしまう。

それよりも「銭ゲバ」とかのほうがまだ入り込める。

シザーハンズのエドワードとか。

恋愛っていうのは、やってる人たちだけのものであって他人は入り込めない、

なので共感のしようがない。

それって恋愛ソングにもそっくり当てはまることで、

「君を思う僕」みたいなことを歌詞にされても、こっちは蚊帳の外なんで、

もう少し、リスナーに共感の余地与えてくれないかなーと常に思う。

 

カルテットも俳優見たさであり、

話の展開見たさで見てて。

なのでレビューもあんまり読まない、

そもそも共感できない恋愛ドラマのレビューに共感するのは無理なので。

さーっと目を通して「あ、やっぱ自分とは違うな」という確認作業のみ。

たぶんね、「このレビュー最高!」とか、

ああいうので集っている雰囲気も苦手なんだよね。

でも、何の集まりでも苦手ってわけじゃないんだけど。

ドラマの感想なんて、完全に人それぞれであり、一致するわけがないし、

「伏線がどうの」とかね、大きなお世話なのよ。

気づけば「ああ」ってなるだけであって、

他人の感想を取り入れたところで感動できるわけでもない。

そういうの邪魔なんだよね。

どれだけ自分にとってグッと来るかは自分にしかわからないんだから、

人に感想言われても、それこそ夢の話と同じ「へー」ですよ。

まぁ私は、他人の夢の話は嫌いじゃないですけどね(笑)

だから、「他人の夢の話は退屈でしょ?」みたいにコンセンサスを求められるものは基本的に苦手なんだよ。

 

朝ドラも、「何これ?」という感じになりつつありますが(汗)

刺繍が趣味の主人公なんて、こんな地味な設定二度とないだろう、

というので見始めたので、

まあもういいんですけど。惰性で見てるだけだし。

 

私が好きな恋愛ドラマって、「結婚できない男」とかだし、

なんか笑える要素がないとダメなのかなあ。

あと、堀北さんは「野ブタ」がピークだと思ってて、

あれはいじめられっ子で、前髪でほとんど顔見えない、

みたいな役どころだったし。

 

まぁ、カルテットって、変なミーハーな感じの役者が出てないし

(ジャニーズ系とか若手イケメンとか)

落ち着いた大人な雰囲気というのも見やすいのかもね。

なんかもう、チャラチャラしたもん見るの限界なのかも。。。

ふー。

「今どきの就活生は電話に出ない」みたいな記事あがってるけど、

「そりゃ携帯に非通知でかかってきたら出ないだろう」

というのはしょうがないとしても、

仕事での電話ならみんな得意みたいなのも思い違いですね。

 

東京に住んでたとき、

IT系の会社で仕事したときはヒドかった。

ただこういうのって、「周囲がどういう人達か」で、

全てが決まると言ってもいいと思う。

 

そこって、上司が年下で若かったんだけど、

その上司自体がビジネスの電話ができない人で(それでも月収40万くらいもらってた)、

内線電話が鳴っても、10人近くいるそこの部署の人間が誰一人出ない。

私は入ったばかりだったけど、鳴らしっぱなしにもできないので、

しょうがなく出たよ。

「おお~」みたいな感じになったけど、

その会社即やめました。

何故かというと、まぁそのくらいはスルーできるけど、

体調不良で休んだ次の日、くだんの無能上司が、

「なんで?うちらが嫌いだから休んだの?」とか聞いてきて、

「こいつら幼稚園か」と呆れてしまってやる気が一切なくなったから。

会議とかも酷かったし、とにかく「仕事ができない集団」というのは、

救いようがなかった。

 

電話って、「1コールで取ります!

なんなら鳴る前に着信通知が光ってる時点で取ります!」

くらいの人がいるかと思えば、

何人オフィスにいようが鳴らしっぱなしで誰も取らないというバカぞろいの会社もある。

だから私は、たまに「コールセンターの方がいさぎいいな」

と思う時もある。

ヘッドセットつけてるし全員のが鳴るから、

「押し付け合い」みたいにはならないからね。

自分のが鳴ったら取らざるを得ない。

 

電話から受けるストレスって、

そうやって周囲の環境にもよるし、なんかくだらない。

「電話応対でスキルを見る」とか言ってる会社は、

「あなたがたはさぞかし完璧に応対されているんでしょうね?」

という目で見られることを忘れるべきではないと思う。

 

「ここって老人ホーム?」みたいな、

高齢者ばかりいる通信系の会社に行った時もひどかったよ。

いったん定年になった人が戻ってきてるみたいなとこで、

なんか偉そうに誰も電話出ない。

それは、電話が嫌いとか怖いとかじゃなくて、

たぶん「そんな雑用誰がするか」みたいな人らだよね。

電話を事業にしてるような会社なのにあり得ないよね。

 

当然のことですが、派遣で入った私も取らなかったし、

いろいろ理由つけて辞めた。

周囲が無能で働かないからとも言いづらいし。

 

まぁ、図書館で仕事してた時も、

本好きで働いてる人なんか少なかったし、

期待しないくせが叩き込まれたね。

電話なんかもうどうでもいいよ。。。

やれやれ。。

確定申告は無事終わり。。。

 

テレビで春っぽい曲を選んでるのがあったんで、

自分内の春っぽい曲をなんとなく聴いてみてた。

 

フリッパーズの「Love and Dreams~」とか

「フレンズ・アゲイン」あたり春っぽいけど、

星野源のMVってあのへんをパクってるように思う。

何故か宇多田ヒカルの「Movin' on without you」も春っぽい。

 

なんかいろいろ昔聴いていた曲を聴き返してたんだけど、

けっこう自分には、ミーハー要素がほとんどないというのに気付いたというか、

もちろん背伸びしたり流行りもんに乗ったりはしてたけど、

追っかけに精を出したりっていうのがほんとなかったというか、

それはDJ文化をまともに通ったからなのかもしれない。

あこがれたりキャーキャーも言ってたはずだけど、

目の前にDJいたからってどうすることもできないし。。

 

それは、他の子がすごくキャーキャー言ってたのを思い出したからで。

たとえファンであっても、

自分が異性としてはなんとも思わないバンドマンとかに、

けっこう他の子はキャーキャー言っていたんだなと。

私は「楽曲として面白い」みたいなのが常に先行していて、

異性として本気で入れあげるみたいなのがほんと少なかった。

なので割と理屈っぽい聴き方だったのかもしれない。

パンク好きだけどパンクって理屈っぽいしね。

 

ライブに一緒に行く友達は貴重といえば貴重で、

ライブハウスなんかだとやっぱり同伴者がいたほうがありがたい。

ただ、みながみなグルーピーみたいになっていって、

しまいにはスタッフ側に入って物販売ったりしだしたときには、

なんだか微妙な気持ちになり、

今考えれば、音楽の話を共有できる相手がむしろいなかったほうが、

純粋に音楽に向き合えていたような気がする。

今聴く方が気づくことあったりするし。。。

 

まぁ、そういう中にいる子にキリンジ教えてもらったりしたし、

無駄ばかりでもないんだけど。

 

今は本当に少ないけど、以前は、

歌唱力とか見た目とかよりも、アイデア先行みたいなバンドも多くて、

曲として面白いから、そんなに抜きんでて歌がうまいとかでなくてもよかったし、

楽器もそこそこできて機材に凝れればどうとでもなってた。

今は、努力ではカバーできないもんばかりみんな評価するので、

やっぱ面白くないですよ。

あと最近の曲は感情的というかさ。。

恋愛のこととか自分のこととかばっかで。

そこらへん、うまく現実逃避できる音楽がやっぱりのめり込めるなあ。

ミッシェルとかも、見た目云々じゃなくほんとかっこいいし。

RADも、恋愛ソングよりおしゃかしゃまみたいなのが面白いよね。

 

とにかく今は、見た目着飾るとかそういうのが極まってる時代なので

音楽もなかなか難しい。。

 

あと、アルバム通して聴く物語性みたいなのも、

今はほんとない。

曲順の妙みたいな楽しさとか。

で、けっこうこの曲がここにつながった、みたいな作り方もあったし、

4~50分かけて通して聴くのが普通だったよね。

まぁ自分もなかなかアルバムとか買えてないけど。。

 

「最近の曲は感情的」と言いながら、

絶望にまみれたような曲は大好きというのは矛盾してるなあ。

曲自体も不協和音みたいなのが好きだからなあ。。

んで、好きな曲聴いた時、時間がだいぶ経ってても同じ感情になるというか、

ぐわっと来る気持ちみたいなのは全く変わらない。

1つだけ、自分の中で奇跡と言えるバンドがあって、

あのバンドから受ける感動だけは本当に唯一無二というか、

何がどういいのか説明すらしづらい。

声の感じとかメロディの作り方なんだろうけど。

あんなバンドに出会えるだけでも、

音楽好きでほんとよかった、意味あったと思えることで、

前に匿名ダイアリーか何かで、

「音楽の良さがわからない」というのがあった気がしたけど、

音楽も慣れは多少要るしね。。

特に洋楽に関しては、初めからぴったりくるものは少ないけど。

ただくだんのバンドに関しては、

ダイレクトに心臓をわしづかみにして揺さぶられるくらいの感じというか、

そんな出会いはめったにない。

本とかでも、「頭を殴られるくらいの衝撃」ってたまーにあるけど、

スペシャルな出会いってことですかね。。。

 

そういう音楽聴いてる頃、X-GIRLとか好きだったのが、

なんかなつかしいわ。

というか、そこまで感動するもんがあったらリアルの恋愛とかできないよね。

リアルの恋愛は面倒なことばかりですから。。。

うー。。

なんか別のこと書かないと引きずりそう。。

 

さっきアメトークの「ガラケー芸人」見てたけど、

そのあとに茂木さんのツイート見たら「まあ確かに」と思わざるをえなかった。

 

だいぶ叩かれてたけど、

最近のああいう番組に出る芸人がサラリーマン化しているのは事実な気がする。

 

もともと、ガラケーは何の過不足もなく完成しているし、

スマホのタッチパネルは誤作動が多く、知らぬ間に勝手に電話がかかっていることもあり、

また、カバーをつけないとそれが完全には防げないのもどうかしてる。

私が欲しかったのは小型のPCみたいな物なので、

どっちかといえばキーボードが発達してほしかった。

ガラケーのボタンでの入力はやはり面倒だし、

スマホフリック入力も慣れが必要で、

そういうことをユーザーに強いている時点で、

スマホ一般がそんなに優れているとは私は思わない。

しかも、あの番組のiPhone推しに辟易する。

もう格安スマホの人も多いんじゃないかと私は思うけど。

私ね、ちょっとだけキーボード付きのガラケー使ってたことあるんですよ。

十字のボタンじゃなく、ポケットボードみたいな、

ちゃんとキーボードが打てるやつ。

やはりそっち方面で使いやすいものを作ってほしい願望はあるな。

 

あと、今主流のスマホケースも嫌いなんだよ。

そういうの、もともと好きに選んでいいはずだったのに、

「かっこいいのはこれ」というふうに、

本当にみんな同じものしか持たないよね。

LINEのこともさ、

ガラケーの人は相手に不便をかけている」って言ってたけど、

そういうふうにユーザーを追い込む時点で全然優れてないよ。

そんなツールの違いくらいで関係切られたり、蔑まれたりするのってなんなんだろうね。

そういえば、次世代iPhoneはライトニングケーブル廃止とか言いだしてるけど、

じゃあ今までのモデルはなんだったんだ。。。と暴動起こしたくなるわ。

たった2年程度しか使わなかったiPhoneのためにどれだけのケーブルを買ったか。

断線しすぎなんだよ。。

 

 

携帯が普及してからこっち、

とにかく少数派の意見は黙殺、無視というのがまかり通るようになってしまった。

「LINE使ってない時点でないわ」みたいな、

そういうので差別されたらたまったもんじゃない。

もうね、私はガラケーからずーっと不満ですよ。

PCユーザーじゃなければほんとストレス多かったと思う。

どんなに自分だけ携帯持つのいやだとか、LINE苦手とか思っても、

多数派の暴力に抗えない。

つうか、抗うだけで「ただの変人」呼ばわりされる。

もう携帯が普及したときから自由はないんだよ。

で、あんまり使ってる人いないけど優れたツールとか使ってても、

大抵無視される。

「みんなが使っている=優れている、知らないと恥」という時代だから。

付和雷同もはなはだしいね。

 

さっきの件、考えてたんだけど、

やっぱ気が合わないというか、

日本語通じない人がいるってことで処理するしかない。

極力派遣会社に迷惑をかけないよう配慮している(かけもちでエントリーしないとか)ことに対して、

ブチ切れて電話切るってやっぱおかしいよね、

ビジネスパーソンwとしては。

それが悲しいのは、間に入る人がそんなだと、

自分がどうがんばっても仕事につながらないことだよ。

派遣先の人はまた全く違う担当者がいるはずで、

悪くない職場かもしれないのに、

派遣会社はそれを遮る存在にしかなってない。

 

心底疲れたけど、ぼちぼち確定申告行かないとだな。。。